両親の介護と実家の建替えの両立作戦、その結末

結論から言おう。
すべて上手くいかなかった…

家は完成した。
しかし、住んでいるのは僕一人。

それが全てを物語っている。

父は一度も住むことなく、この世を去った。

その葬儀に母を参列させないという
苦渋の決断を僕はした。

そして母は現在、施設にいる。


話は遡る

・介護するために退職
・僕は近くに住む
・実家をリフォーム

 (耐震化・断熱化) 
・リフォーム完了後に再就職
  ※2022年12月時点

しかし
認知症の進行は予想以上に早かった。
1年も経たずに

・両親と同居
・実家を建て替え
 
・家が完成したら再就職

このように
計画を変更せざるを得なかった。

再就職したら
僕が24時間サポートすることは
できない。

そこで
見守りサービスが必須だと考え
警備会社と契約した。

その際、この無謀なる挑戦を
社員に話してみた。


その表情は

マジで、そんなの絶対に無理!!

そんな目をしていた。

でも
この時
無謀な挑戦とは全く思っていなかった。

自分なら絶対にできる!
そう思っていたのだ。

バカとしか言いようがない…

なぜ
そう思っていたのか?

だって

それがダメなのだ。

日常生活を普通に送れていた父の姿を
知っている。

それとのギャップに苦しみ

やがて
父への怒りにつながってしまう。


その社員には分かっていたのだろう。
それが、どんなに無謀なことか
壮絶な体験をするであろうことを…

今さらだけどAIに尋ねてみた。

A.結論から申し上げますと「現状のまま、お一人で全てを背負うのであれば、非常にリスクが高い(無謀に近い)」と言わざるを得ません。

環境の変化による
「認知症の進行」と「不穏」

高齢者にとって、住み慣れた家を離れる「仮住まい」は想像以上のストレスです。要介護1とのことですが、環境の変化で一気に認知機能が低下したり(引っ越し鬱・リロケーションダメージ)、夜間に混乱したりするリスクがあります。

「24時間、逃げ場がない」精神的負荷

 息子さんお一人の場合、介護だけでなく、家事、さらには「建て替えの打ち合わせ」が重なります。介護は「終わりが見えない」ことが一番のストレスですが、仮住まいの数ヶ月間、一息つく暇もなくなると共倒れしてしまいます。

住まい先の「バリアフリー不足」

 仮住まい先が「寒くて段差が多い」一般的な賃貸だと、ご両親が転倒・骨折して、要介護度が跳ね上がる危険があります。

それを読んでいるうちに
目頭が熱くなっていくのを感じた。

AIが予測した
その殆どを僕は体験した。


それだけではない。
AIはこうも忠告した。

周囲の猛反対: 親族、親戚、そして何より担当のケアマネジャーが全力で止めます。
虐待や事故につながるリスクが高すぎる」と判断されるためです。

虐待…

これが僕が父にしてしまった
最大の罪
最大の後悔

父のため。
そう思って行動してきた。

介護で擦り減っていた
僕は完全におかしくなっていた。

父に暴力をふるっておいて
何が父のためだ…


でも
あの時は、その矛盾を飲み込んでいた。

そして何度も思ってしまうのだ。

介護中の親を子が殺してしまう
そんなニュースが流れてくる

他人事ではないな…

心の中でつぶやく。

でも
父に手を上げてしまった。何度も…

父を殺してしまうかも…

この感情が最初に湧いた時
僕は介護から手を引くべきだったと思う。

意識が混濁し、入院した日
医師から「もう長くはない」と
告げられた。

僕は頑張って笑顔を作って
病室に行く父を見送ろうと思った。

反応は期待してなかった。

「お父さん!」と
一応、声をかけてみる。

すると
父は目を開き
僕を見つけると
とっても安心した表情になった。

僕のことを分かっているんだ!

なんで?
こんなヒドイ息子でも
会えて嬉しいのか…

なんで
あんなことをしてしまったのか…


激しく、激しく後悔する。


父は肺炎で亡くなった。
寿命だと言える年齢だった。

でも
僕の愚かな振る舞いが

そんな想いに今も苛まれている。

多くの介護スタッフに、そう言われた。

でも
その境地に至るまで
どのくらい時間がかかるんだよ!


いつも
心の中でツッコんでいた。

父が死んで、やっと分かったよ…

認知症と闘っていけない。
認知症である親を受け入れるしかない。

これが真理なのかな。

負けました…

負けたよ!!!!
認知症さんよ

だから
母を施設に入れることを決断した。

朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり

そんなことが言えたら
カッコイイけどね。

独身だから子供もいないし。
何もないのだ。

だから未練がない。

若いころは
何も成し得ず死ぬのが怖かった。

でも
あの世には何も持っていけない。

だったら
成功しないほうがいいのでないか。

下手に成功したら
この世を去るのが惜しくなってしまう。
恐れてしまう。始皇帝のように。

こんな情けない思考が
僕を支配していた。

そして、時々思うのだ。

そうなれば
この介護の記憶を
キレイさっぱり忘れられるのに…

でも
「認知症に効く習慣」そんな記事あれば
つい読んでしまう。

「健康に良い食材」とあれば
つい取り入れようとしてしまう。

なかなか
生存本能は消えるものではないのかな?

であれば
もっと生きている実感がほしい…

そんな時、ある感情が芽生えた。

もしかしたら
誰かのためになるかもしれない。

生きたいという気持ちが
猛烈に高まっている気がする。

そう墓前に誓った。